ドイツ通信 第302回 ウクライナ食道楽

  • 2008/12/24(水) 04:09:01

Nr.302, Gourmet in der Ukraine

オデッサは黒海に面する港町。
オデッサの紋章。


ブドウが絡みついたバス停。(町なかです!)


寒いイメージのあるウクライナだが、
黒海に面したオデッサではワインが作られている。
実際この季節(11月)はもうかなり寒いんですけど。。。

フジフィルムの看板。


オデッサの観光場所は少ない。その一つ、国立オデッサ美術館。
知らない作品ばかり。


その傍らで寄り集まるネコ。






キエフへ戻る列車もまた夜行。


キエフ−オデッサを直通する。


ウクライナにもマトリョーシカはある。


オデッサでビールスープというものを頼んだがハズレ。

オデッサワイン。種類は少なかったがこれは当たりだった。
パンにサーモンとイクラを乗せた夕食。うまい!


車両に付いているサモワールでウクライナ・カップラーメンも作りました。

キエフのスーパーでグルジアワインはどこか?と聞くと店員が案内してくれた。
かの名高いグルジアワイン専用の棚があって、選びきれないほどの種類!
さんざん迷ったあげく選んだ一本は文句なしの一品。

次回は、オデッサの夏をビーチとワインで満喫しよう。
いや、グルジア・ビーチがよさそうだ。

ドイツ通信 第301回 オデッサで我々を待っていたものは!

  • 2008/12/23(火) 02:25:02

Nr.301, Was in Odessa auf uns wartete!

またウクライナに戻ります。

黒海に面する港町オデッサ。
オデッサ港をフェリーで南下して、黒海を縦断するとトルコ北部やイスタンブールに着きます。

夜行列車でオデッサ着。


おでっさ〜。


そこに居たのはなぜか新幹線でした。100系に極似


夜行列車にあったアメニティグッズもなぜか新幹線。こちらは0系に激似




オデッサといえば、ポチョムキン。エイゼンシュテインの映画で有名なあの階段。
実際行ってみると思ったより小さかった。


港を背にして階段。右下には中古車業者が店を構えている。


港をブラブラした後、階段脇のケーブルカーで戻る。


オデッサには、「愛の橋」というものがあった。
愛し合う2人の名前を書いた南京錠を吊るしていく。


こんな感じで固い愛を確かめ合う。


錠前に彫りを施したものも多い。共同作業ですか?


溶接加工。かなり気合が入っている。しかもデカイ。


気になる一品。

ドイツ通信 第299回 キエフで見つけた変なモノ(など)

  • 2008/12/18(木) 01:32:07

Nr.299, Die komischen Dinge, die ich in Kiew fand.

ウクライナは、あの、あれなんですよ、、、キリル文字。
数年前にロシアに行ったときも初めのうちは慣れなくて大変でした。

しかもウクライナは英語が見事に通じない
ハンパでない通じなさ!

いくら英語の出来ない日本人でも、
ワン・ツー・スリー、、、とか、イエス、ノーくらい言ってくれるでしょ?

わたしのインチキロシア語と、おかしなポーランド語と、
なんちゃってチェコ語をごたまぜにしたら意外と通じたみたい。
スラブ諸国の言語はかなり似ています。

ウクライナ語の例:

郵便ポスト(ポシュタ)


よく通ったカフェ(カフェ・ハウス)


ロシアの新聞「コメルサント」の看板。ティモシェンコがいます


犬が逃げました



キエフ観光の半分は地下鉄のエスカレーターの上、というくらいに長かった!
5分くらい乗っていたように感じたが。
地下鉄は撮影禁止のため、撮りませんでした。

独立広場のマクドナルド


真ん中の看板は何でしょう?「走れ!」ってこと?


市バス


探せばたくさんあるソ連の名残


独立広場


この日は歩行者天国でした。


独立広場の夜景。広場の先は6叉路くらいになっている。


広場の中心の塔と、ホテル・ウクライナ。勿論こんな所泊まれません。


闇夜に揺れるキエフ?マグネット付き

ドイツ通信 第298回 ウクライナの聖跡

  • 2008/12/15(月) 22:23:32

Nr.298, Reste eines heiligen Ortes in der Ukraine

キエフには、ペチェールスカ大修道院と呼ばれる聖地がある。
10世紀頃から修道僧が洞窟に住み始め、祈りの日々を送っていた。
現在では、ウクライナ正教の総本山で世界遺産。

ウスペンスキー教会


トラペズナ教会。日曜だったので、ミサに参加する人であふれている。


トラペズナ教会内部。


正教会では独特なロウソクを使う。黄色で長い。熱ですぐにフニャフニャになる。


修道院内に点在する教会。その内部はフレスコ画で埋め尽くされている。






ペチェールスカ大修道院は丘の上に立っており、巡回するには起伏が激しい。
寒々しいドニエプル川が見える。


やっぱりネコ。


夜行くとこんな感じ。




鐘楼


写真にはないが、敷地内には地下墳墓があり、聖職者のミイラが横たわっている。
棺の中で布を被っているものの、一部は露出している。
参拝者はロウソクを持ちながら狭い回廊を迷路のように回り、棺やイコンにキスをしていく。

ドイツ通信 第297回 ウクライナの歴史を訪ねる

  • 2008/12/14(日) 20:48:23

Nr.297, Besuch auf die Ukrainische Geschichte

チェルノブイリ博物館は泊まっていたホステルの近くにあった(キエフ市)。

キエフ市から北に110キロに位置するプリピャチ市には
1986年4月26日に大事故を起こしたチェルノブイリ原子力発電所が立っている。


博物館内には、当時の現場写真や消火活動に携わった人々の写真、
奇形の生き物のミイラがある。


実際に使われた車両や防護服も。


時計は事故のあった午前1時23分を指している。(誤差は気にしないこと)





階段エリアに架かる町名の看板は、チェルノブイリ周辺に散在する町村。


これらの町は全て廃止された。


イコン画と防護服。新たな芸術作品?




キエフ市内にバビ・ヤール峡谷と呼ばれる地域がある。

第二次大戦中、1941年から1943年までキエフはドイツ軍に占領されていた。
キエフに住む多くのユダヤ人やロマ人、ウクライナ民族活動家など、
約10万人がここで殺害されたという。

最寄りの地下鉄駅を出ると、生々しい銅像が迎える。

バビ・ヤールで殺害された子供たちの記念碑。2001年建立。


周辺は公園になっていて、雨が降り寒い中を一行は進んでいく。


バビ・ヤールで虐殺されたユダヤ人を記念する記念碑。1991年建立。


他にも十字架が立っており、更に公園の奥に進む。

切り立った崖の淵に、黒い3本の鉄製十字架が、花束と共に立っている。


ショスタコーヴィチ、交響曲第13番「バビ・ヤール」の流れるイヤホンを外すと
聞こえてくるのは空を切る風の音のみ。
しばし沈黙。