第394回 イスラエル記1、入国審査は荒れ模様

  • 2009/10/31(土) 18:27:52

Nr.394, Annalen Israel, Kapitel 1, stürmische Einreise

今月初め、日焼けから脱皮をしてイスラエルに飛んできました。

キプロスのラルナカからテルアビブまで、わずか330km程度。
東京−名古屋間くらいの距離なので、1時間弱のフライト。

ベン・グリオン空港(旧ロッド空港)。


旧名にピンと来た人は国際通。空港内には慰霊碑もあるそうです。(帰国時に撮影)


飛行機を降りると、タラップの所で蛍光チョッキのおじさんが
わたしだけに「オイデオイデ」をし、イスラエル入国履歴、入国目的、滞在期間を立て続けに質問。

一方、入国審査では訪問予定の町を聞かれ、エルサレムとベツレヘムと答えるが、
これは余計なことを言ったと気が付いた。

すぐさま、「ベツレヘムに行く理由」を聞かれます。


ベツレヘムはイスラエル国内にあるが、パレスチナ自治区に属している。
自治政府との和平交渉も進まない中、外国人がその地域にわざわざ行くとなれば
理由を聞きたくなるのも道理。

が、「教会だ」と言うとすんなり納得してくれた。


他にも色々なことを聞かれるのではないかと身構えているうちに
パスポートに入国スタンプを押されてしまう。


これでこのパスポートを使う限り、シリアやレバノンには行けなくなりました。

そして入国審査を出たところで3度目のチェック。
またかよ!早く空港から出してくれ!


入国審査よりもこちらの方が厳しく、あちらこちらから(ヒマな)職員がぞろぞろ集まってきて
あっという間に4人に囲まれてしまう。

キプロスで何をしているのか、何か証明書はあるか、泊まる所は、
などの質問があちらこちらから同時に飛ぶ。

質問は一人ずつにしなさい。


この日はユダヤ教の安息日に当たっていて鉄道は全面ストップ。空港駅にも列車は来ない。

シェルート(ミニバス)が空港からエルサレムの任意の場所まで
運んでくれるが(50シェケル)、
発車まで1時間余を過ごさねばならない。

エルサレム旧市街に着いた時はすでに深夜2時近く。


予約をしたホステルは路地を入った所にある。
オレンジ色のナトリウム灯だけが光り、人影は全くない。

大観光地とはいえ、深夜は全て閉まるようだ。
この日はすぐに寝ることにします。

第393回 キプロス通信 ブチ切れました

  • 2009/10/21(水) 14:31:42

Nr.393, geplatzt

キプロスに来てから、何度切れたことかもう分かりません。

本当に、本当に。。。




日中、ようやく30度を下回るようになりましたが、
太陽が出ている間は半袖でも暑く、海水浴客も消えません。

そんな気候のキプロスでは、
日本から持ってきたあるものが早くだめになります。




それは、「輪ゴム」。

もう切れて切れて仕方ないんです。



一日中気温が高く、日差しが強いキプロスでは、ゴムの劣化が早く進むようです。

留めてから2週間ほどでよれよれになり、袋や紙にくっついたり、切れてしまいます。

日本製の輪ゴムは日本の気候に合わせて作られているのでしょうか。
それとも、キプロスのような気候では仕方のないことなのでしょうか。

製ゴム社に勤めている方、ご存知ありませんか?

第392回 キプロス通信 日本行きます。

  • 2009/10/20(火) 14:28:20

Nr.392, nach Japan.

日本往復の航空券を買いました。

1月 8日 着。
1月28日 発 です。

前回はわずか2週間でしたが、今回は太っ腹の3週間!

日本滞在中は、また例のようにホームパーティーをしようと企んでいます。

まだ日にちは決めていませんが、1月10日、16日が有力です。
決まり次第、公表します。

(前回は18人集まりましたが、うちのキャパシティーはそれくらいが限界です。)

また、松本にも行きたいので、そちらの方もよろしくお願いします。(23日頃かも)


キプロスはまだまだ暑く、本日30度を超えています。
ベルリンは昨晩、氷点下を記録したみたいですね。


成田空港でレンタル携帯を手配する予定なので、番号が分かり次第お伝えします。

それでは3ケ月後、日本で再会いたしましょう。

第391回 ドイツ通信 ピクニックコンサート

  • 2009/10/19(月) 16:09:46

Nr.391, Picknick Konzert in Berlin

ベルリン滞在のもう一つのハイライトは、
ヴァルトビューネでのピクニックコンサート。

ベルリンに2年以上も滞在していながら、まだ一度も行ったことがない野外音楽祭。


「たまたま」日程が当たっていたので、キプロスにいる時に速攻でチケットを予約。

無事、ベルリンの前住所に届いたチケットを見たときはホッとしました。

古代ローマ劇場を思わせる会場。ナチスの好んだ新古典主義を思い起こす。


コンサートというより、正にピクニック。


野外のため音の拡散が激しく、スピーカーを何台も配置しているために音響は良くないが、
なかなか味わえないコンサート形式ではある。

また撮影には何の制限もないので、あちらでパチリ、こちらでパチリ。


屋台が何件も軒を連ね、ベルリーナー・ビールや焼きソーセージをつまみながら
クラシックを堪能できる機会もそう多くないと思う。

野球観戦に近い雰囲気かも知れない。

座席の指定は特になく、ブロック別にどこでも自由に座れる。


休憩を挟んだ第2部が始まると雨が降ってきた。


6月も末とはいえ、強烈に寒い。

プログラムも終盤に近くなるとあちこちから手持ち花火が上がる。


ラストはお決まりのBerliner Luft


コンサートが終わると豪雨。

ベルリン最後の夜はそんな風に更けていきました。

第390回 ドイツ通信 即刻、遅滞なく

  • 2009/10/13(火) 13:42:57

Nr.390, Unverzüglich

このブログだいぶ怠けていました。

そして6月のベルリン訪問記もまだ途中でした。
前回の第368回から続きます。


約1,3kmのイーストサイドギャラリーを歩き疲れて、
再び東駅のパフェ屋へ直行。

3日前にも寄ったTIZIANO。
第363回 ドイツ通信 甘党には堪えられない 参照)

ベリー類たっぷりのパフェ


おいしそ〜



そしてアレクサンダー広場駅へ向かう。

今、ここでは「平和革命 1989/90」という展示が広場を占領している。


いつも参考にしているブログ「ベルリン中央駅」に
この展示のことが記事になっていたので、このベルリン訪問ではぜひ覗いておきたかった。


この日は、後から予定が入っていたので(ほんとに忙しい日程でした)
ドイツ人の成す壮大な展示の全てを見ることはできず、
平和革命時の写真や記事を中心に見ていった。

当時のアレクサンダー広場でのデモの様子


おばあさん、どうしてそんなに歯が大きいの?」


そして壁はなくなった


あれから20年。。。